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おばあちゃんのおもひで養命酒ばーじょん(武蔵小山温泉思い出ブログ)


おばあちゃん歌子は清水湯の実質番長でした。オヤジもおじいちゃんもましてやオフクロもだれも逆らえなかった永遠の番長。本当の創業「菊太郎」が手塩にかけて育てた本物の銭湯の娘であり女将であったおばあちゃんは番台がとても似合っていた。多くの常連さんのお客さまをその笑顔で虜にしていたおばあちゃん。戦前10軒以上銭湯をもっていた菊太郎ひいおじいちゃんの後ろ姿を見て育ったおばあちゃんはどこか威厳があって頭の切れもよくて、オヤジがおじいちゃんより怖がっていた。おばあちゃんは毎日牛乳をコップ一杯飲んでいた。

そして夜寝る前に黒っぽいビンをおもむろに取りだしてキャップをコップにしてとくとくと注いで一気に喉に流し込んでいる風景をよく目にした。すると「太郎のみなさい」といわれておばあちゃんの飲んだ後のその赤っぽいキャップを手渡されて大事そうに注いでくれる濃い琥珀色の液体、ボトルには漢字で「養命酒」と書いてあったのを覚えています。命を養うお酒。子供なのにお酒飲んで大丈夫なのかなと思いながら一口含めるとものすごく甘くて漢方薬のような味。そんないつまでもおじいちゃんのために若くも美しくありたいと思い続けたおばあちゃんはどこか養命酒の味がするのでした。先日アマゾンで買った養命酒。今のんでもあまり美味しいものじゃないけど、パブロフの犬のようおばあちゃんの顔を思いだせるから今度銭湯の事で悩んだらまたキャップになみなみ満たして飲もうかなと思ってます。創業者菊太郎、初代じつきおじいちゃん、歌子おばあちゃん、二代オヤジそして三代俺。銭湯の血脈にはいろんなものが思い出の一ページになるものなんですね。

武蔵小山温泉 清水湯 若旦那談。

デイストレス!(武蔵小山温泉ストレスブログ)


日々の生活の中で蓄積される「ストレス」仕事、生活、子育て、通勤通学、家庭内の問題、気候、気がつかないうちに「ストレス」が溜まっていくものです。ピンポン玉も過度のストレスが当たり続くと元にもどらなくなってしまいます。逆に適度なストレスは小気味良く弾みしっかり元に戻るのです。そんなピンポン玉のように生きることにおいて降りかかるストレスは適度な圧力であれば心地いい人生の風波となって人生の帆にたくさんの風を集めて大海原を疾走するこもできるのです。ですが暴風雨のような風はへたすると海の藻屑になってしまう危険性も・・・。

ピンポン玉ではへこんでしまうストレスも軟球の球、硬球の球、それこそ砲丸投げの球に自分自身が変化するとびくともしなくなってくるのです。ピンポン玉で優しげな風で生きていくか、砲丸投げの球で暴風雨をもびくともしない強さを求めて生きていくかは人それぞれでしょう。日々の生活のなかで絶え間なく吹き続ける風。どんな風が吹こうと恐れない悠々自適の境涯で生きて生きたいものです。そしてストレスは必ずあるものその理不尽だけどストレスをも味方に変えていける生き方こそ、日々の「天然温泉」健康法じゃないでしょうか。日々のデイストレスを湯舟に流してしまう。常に蓄積されるならテトリスのようにそしてムーディー勝山の詩のようにどんどん右から左、上から下へと流してしまう。ストレスはたまりません。絶え間ないストレスとの戦い、その解決方法こそ温泉入浴なのでしょう!

武蔵小山温泉 若旦那談。

オヤジを忍んで(ことしは七回忌)(武蔵小山温泉若旦那ブログ)


2011年はとんでもないでっかい地震が来た年。そしてその後、寿命だったのかオヤジが死んだ年にあたります。そして今年が7回忌の年。ひいじいちゃん(清水湯の創業者)は北陸三県から東京にやってきておばあちゃんの歌子とともに田園調布に住んでいたらしい。そしてオヤジが生まれ育ったところは隣町の奥沢。地域の尾山台小学校。そしてそのまま田園調布高校、明治大学商学部、大学時代は民謡倶楽部を立ち上げて初代部長だったと聞いています。大学の近くでは雀荘を開いてけっこう羽振りがよかったらしい。その他に今も残っているらしいが銭湯ご用達の消毒剤(塩素系?)の会社を立ち上げてけっこう儲けたらしいが人に譲ったとのこと。こどもの頃から走るのが早くて毎日勉強を小刀で鉛筆が3センチになるほど削るまでしていたとよく聞いてました。速読で読書家でたしかに頭が良かった。オヤジの若いころを知っている人に話を聞くと大体オヤジが自分を称賛するように話していたことと寸分たがわない話がでるのでたしかに「神童」と呼ばわれていた節があります。

そんなオヤジ中晩年は「そううつ病」でずっと苦しんでいました。いやあまんじて苦しんでいた節があります。お天道様しか信じていなかったオヤジ。この一族に降りかかる「病魔」は自分一人が受けきってそのまま持ち去ってしまおうという慈愛に裏打ちされた思いがあったのではないでしょうか。生きることの素晴らしさ、努力の大切さ、その反面、病気の苦しさ、辛さ、切なさ、その両方を身をもって受け切っていたからこそどんな姿であれ「オヤジは偉大だな」と感じ入ってしまうのでしょう。オヤジがいなくなって7年。今、銭湯の直道を進んでいるぼくの姿をどうみているのでしょう。今思うことは病身でありながら有形無形にオヤジに守られていたなと気が付き、ただただ感謝の思いがふつふつと沸いてくることなんです。誰しもが生まれて死んでいく当たり前の時の流れの中、親と子という不思議な深い縁(えにし)は今もオヤジの優しげな笑顔がふっと瞼の裏っ側に浮かんでくるときなんだか熱いものまで溢れそうになるのはやはりぼくはオヤジの子供なんだなあとつくづく思うこの頃です。「オヤジみててくれ」なんて恥ずかしくていえないけど、ひょっとしてまたいつか会えることがあったときにすこしは褒めてもらえるような「銭湯のオヤジ」になろうと思いを新たにしています。

武蔵小山温泉 しみずゆ若旦那談

 

泣いて馬謖を斬る(泣)(武蔵小山温泉場所取りブログ)


「泣いて馬謖を斬る」ぼくの好きな三国志(吉川英治)の一節です。みなさまも一度は聞いたことがあると思いますが、その意味は「(蜀漢)の武将・馬謖が、街亭の戦い諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いた。この責任をとり馬謖は処刑されることになるが、愛弟子の馬謖の処刑に踏み切るにあたり諸葛亮は涙を流した」とウイキにあります。馬謖(ばしょく)ちょっと馬謖って10回いってみてもらえませんか?ばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょくばしょとり♪いっちゃいますよね「ばしょとり」って、そうなんです。リニューアル10周年にあたり場所取り禁止追放キャンペーンをCIAの世論操作並みに強化したのもつい先日。「もうこないわ」と言われてしまいました。なんで誠意が伝わらないのだろう、なんでただお風呂に入るときに洗面道具をちょっと移動するだけのことなのに・・・。

悲しくなりました。おそらく常連様も長年来ていてなんで私だけ、なんでちょっとだけじゃないと思うところもあると思うのですが、常連様も一見さまもルールは一緒なのです。常連様が滞在時間3時間ほどですがその3時間ずーっと場所取りしていたらどうなるのでしょう?それがカラン数18しかないのに3人、4人と場所取りしたらどうなるのでしょう。「泣いて馬謖を斬る」「泣いて場所取りのお客様を切る」本当に悲しい限りです。ただ、場所取り、または「そこは私の席よ」と言われて悲しい思いをさせてしまう横柄なマナーは今後も取り除いていく所存です。素敵なお客様、心の優しいお客様が心から楽しんでいただけるそんな愛に溢れる銭湯を今後も築いてまいります。

武蔵小山温泉 風呂サーファー太郎(こんなペンネームはいかがでしょう?)

参考文献 ウイキぺデイア

俺たちはただの風呂屋になってしまう。(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


「飛べないブタはただのブタだ」宮崎駿監督の映画ワンシーンの名言です。そう僕たち銭湯のオヤジたちはどこかで飛びたたないといけないのです。なんでもいいのです。嫌われたっていいのです。信念さえあれば、銭湯が人々のお役に立っているそんな確信を信念にかえて、今、自分に出来ることを実践する、そこにただのブタではない飛べるブタでもない、飛ぼうと足掻いているだけかもしれないけど、そんな一生懸命さがどこか人々の心を打ちつける、心のひだのどこかに素敵な印象として残る、どこか行ってみたくなる銭湯になるのです。銭湯でよくないのは付和雷同、護送船団方式、寄らば大樹の陰、長いものに巻かれろ的な現状維持から下り坂に耐えきれなくて転がっていきます的な経営精神状態。失敗してもいいのです。

自分が納得しているのなら、人じゃないし、隣の銭湯じゃないし、自分に生きるしかないのです。いいじゃないですか!自分がはいりたい風呂であれば。自分が気に入っていれば。自分らしい風呂とともに自分らしく生きていくことの方が大切なのです。一歩前に出るか出ないかそれがただの「飛べない銭湯のオヤジはただの銭湯のオヤジ」になるか「飛べる銭湯のオヤジ」になるかの違いなのです。勇気・・。その違いかもです。今日も勇気凛凛いい湯が沸きだっています。皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げております!

武蔵小山温泉 三代目若旦那談。

銭湯の人間模様(武蔵小山温泉人生ブログ)


今はなき番台・・・。現在ではフロントになっています。そんなお客様との最前線。風呂屋なりの出来うる限りの接客を心がけています。お客様商売とひとことで言いますが、本当に番台(フロント)という舞台にいると沢山の人生模様を覗うことができるんです。いつもくる常連さんでも今日は機嫌が悪いなとか今日は疲れ気味だなとか、今日はなにかいいことがあったのかなとか、人と接する基本的な仕事が実はいい刺激となってるのです。「いい湯だったよ」「いい温泉だね」とか言って帰っていく姿はかすかに湯気を帯びていて清潔感と颯爽とした後ろ姿に希望の光明が射しているように見えることがあります。そして番台から聞こえてくるお客様の話し声は時おり心温まる会話もあるんです。

ぽつんと誰かを待っている老年の婦人。温かそうな半纏(はんてん)を着てどこか楽しそうにしている。時間を約束していたのでしょう。上気だった血色のいい顔のご主人が「まった?」といって隣にちょこんと座った。首をふる婦人。「おとうさん、ラムネのむ?」嬉しそうに頷きながら「のみたいね」と答えるご主人は、フロントにいた僕に声をかけてきた。「太郎くん、ラムネちょうだい」おもむろに足元にある冷蔵庫から一本のラムネを手にとった。ビー玉の栓を専用の栓抜きで力一杯押すとシュワってビンの中の気圧が抜けて発泡しながら注ぎ口から溢れてきた。「おじさんおばさん。はい、どうぞ」といって手渡した。近所の常連さん。毎日やってくる。いつも決まったように風呂上り夫婦で一本のラムネを仲よく分け合う。こんな仲の良い老夫婦になりたい。そう思った。

武蔵小山温泉 湯旦那(いまペンネームを検討中)

下剋上受験@武蔵小山温泉(武蔵小山温泉教育パパブログ)


乱世の時代。家臣が主家を倒す、または名もなき民が上にのし上がっていくことを下剋上といいます。いいネーミングをつけたなぁと去年の暮にこんなことが僕の知らないところで沸騰していたのかとビックリしました。なんといって僕の子供も下剋上受験だったからなのです。まさに6年生の追い込みの季節。このテレビドラマの予告が始まり、計画的に勉強しているからテレビ予約して毎週日曜日の朝ごはんを食べながら家族全員で見ました。でも僕はテレビが放映される前にさっそくアマゾンで小説と馬淵教室との協著テキストを購入。読み終えてなんと僕と共通項の多い事かビックリ。ちょう長女と同学年の可能性も。リアルタイムで進行している中学受験、長男はなかなかスイッチが入らず、このドラマを見て気持ちに変化が、なんでもう一年早く放映されないのかとちょっと残念がっていたのです。

中学受験・・・。子供に与える経験則としては大変に素晴らしいと思っています。花も咲く時期が異なるようにひょっとしたら今じゃなかったのかもしれないけどドラマにあるように「戦う敵との距離がわかった」ということばが本当に腑に落ちました。きっと大学は行きたいところに行けるんじゃないかなと思います。それはいい習慣がついたこと。そして志す方向性を見つけたこと。受験期間厳しい凌ぎ合いの中、勝ちえた合格の喜びは何物にも代えられない達成感!そんな経験を早い時期に出来たことは子供にとって最高の財産であり経験だったと思うのです。勉強、そして受験。小学生だからできること感じることまだ未完成だからこれでもかという大量の勉強をすることが「今」できたことが親と子、ともどもにいい経験になりました。息子は運動神経もいいので勉強だけが下剋上ではないとも思えるのですが、与えられた登るべき山に登る。そこが大事なのだと思うのです。挑戦することそれが大切なのです。中学受験は親力も試されると言われています。その通りだと思いました。親の成長。そこに感化され子供の伸びる。中卒の僕も沢山勉強させていただきました。僕も何かに挑戦したくなってきました。でもまだあと一年。次女の受験。あと9か月。まだ下剋上は続きます。

 

武蔵小山温泉 湯旦那(最近子供と勉強ばかりしていてお店にでれないのが悩みです笑)

サーフボード(中古美品)情報(武蔵小山温泉サーフボード情報ブログ)


僕、大のサーフィン好き。ちかくに寄るとすこし海の匂いがします(笑)でもそんなにうまくないです。ただ楽しければいい。海に浮かんでいれば幸せ。前のりされても気にしない。基本一人で海にいくのが好きです。それは僕と海。二人きりで対話したいから。さてそんな僕こと若旦那。毎年サーフボードをオーダーで削ってもらいます。するとどうしてもサーフボードだらけになってきちゃうのです。どれもお気に入りのサーフボード。大切に保管しているのですが、今年は同時に4枚削ってもらいました。すこし悲しいのですが大切に乗っていただけるかたにお譲りしたいと思います。僕の身長が181センチ。体重83キロ。サーフィン歴20年。多分中級者レベル。基本クセのないサーフボード達です。ご興味のある方はinfo@shimizuyu.comにメールください。

 

 

 

個人売買ですのでノークレーム、ノーリターンでお願いします。ご希望の方はフィンもありますのでお気軽に申し付け下さい。

武蔵小山温泉 若旦那談。

*武蔵小山温泉サーフィン倶楽部を立ち上げようかと検討中。

基本波のある時の平日サーフィン。ゆるいつながり。大人数でいっきにポイントに押しよせてリズムを崩すようなサーフィングループではなく節度とマナー、そして基本ルールを守りながら最大限楽しみながら心から海とサーフィンと自分の家族を愛するサーフィングループができたらいいなぁと思っています。ライングループでゆるいつながりの情報交換しましょう!サーフィンしなくても海好き、若旦那好きならだれでもOK!

サイズ62~63.上から3番目は57.幅、厚みは希望の方は写真データを送りますので宜しくお願いいたします。

返信が遅くなることもありますがご了承の程お願いいたします。(当日いただいたご質問には当日お返しいたします)

価格はぶっちゃけ3万前後。カスタムオーダーで当時14,5万で作った美品のサーフボード。シーズン前の超お買い得ボードです。

ガレージに入りきらなくなったので泣く泣く処分!でもまだあと10本はありますけど・・・。

銭湯そして出会い。(武蔵小山温泉「縁」ブログ)


「縁」って不思議です。そもそも何故銭湯の星の下に生まれてきたのでしょう。何故、稔と栄子の二人の下に生まれてきたのでしょう。何故、そこに兄弟がいて、武蔵小山という地に育ったのでしょう。そして何故、妻という人間に出会い、3人の子供達と出会うことができたのでしょう。そしてその家族を愛おしく感じるのは何故でしょう。独りで生きているようで沢山の人との出会いの中で育まれ、影響を受けながら自分らしく成長していき、それがただ単に偶然という言葉では片付けられない出会いが散りばめられていることを思うと、偶然も必然だったのではないかと悠久の天体の営みの一部分であるような確信を微かに感じることもある今日この頃です。

人との出会い、言い換えると「縁」はきっと数多の「袖振り合うも多生の縁」の中からさらに前世からの縁の続きを現世でも演じているのかとさえ思うこともあるんです。それは人との「縁」また土地との「縁」、または時代との「縁」、そして生まれてきた星との「縁」きっと偶然のようで何かしらすべてに意味があるのかもしれませんね。武蔵小山に温泉が沸き、その温泉を掘ったのもきっと「縁」でしょうし、そこに集い癒される人々との出会いもきっと「縁」なのかもしれません。そしてそれはきっと必然だったのでしょう。そしてきっともっと沢山の方方を笑顔に変えていく宿命も宿っているのかもしれませんね。

武蔵小山温泉 清水湯 若旦那談。

2代目のオヤジが死んで6年が経とうとしています。そろそろ「若旦那」から「大旦那」に名変しなくてはいけないかもです(笑)

心の美人湯!(武蔵小山温泉美人ブログ)


世の中公平だと言いながらなんと不平等なのでしょう。生まれながらにして不平等。これが実相です。そして見た目も全然違います。美人、不美人、生まれながらに天に愛されて生まれてきたのかとおもえるほどの美貌の持ち主。天はあえて差別して人々を創造したのでしょうか。「天賦の才」生まれながらの与えられた才能、美貌、容姿。しかしそれだけが幸せの要因でしょうか。否そんなことはないでしょう。キレイだけど心が汚い。お金持ちの家に生まれたけど心が貧しい。ボンボンだけど良い奴・・・。貧乏になってもいい奴なのか・・・。「心こそ大切なれ」という言葉があります。どんな境遇にいようが、どんな環境に置かれようが、健康であろうが不健康であろうが、金持ちであろうが、貧乏であろうが、美人であろうが不美人であろうが、五体満足であろうが、五体不満足であろうが、心だけは自分だけのもの。

その心だけは平等であり、世界でただ一つの自由かつ自在に強く、広く、賢く、美しく変えることができる自分だけのものではないでしょうか。それは天に与えられたものというよりは、輪廻転生をくり返す中で自分だけが作り上げてきた命の実像。心がキレイならいいのです。心が楽しければいいのです。心が幸せならそれでいいのです。何故なら心こそ大切であり、心こそが永遠だからなのです。bひょっとしたら心が美しくなると美しいオーラが全身を包んでいき、不思議と内面からにじみ出る心美人(こころびじん)になるのかもしれませんね。天然温泉がそんな心の美しさを創りだす一助になれば最高ですね。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

 

 

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