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クレイジスト!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


外国人がつかう悪い意味での「クレージー」だけではなくてていい意味での「クレージー」があるのはみなさんご存じのことだとおもいます。とくにひとつのことに熱中している姿は愛するあまりにクレージーになる。そんな微笑ましい姿をクレージーと形容しているのでしょう。どこか愛しくて少年っぽさをのこした巷のクレージーたち。そんなクレージーなひとたちが集う銭湯「武蔵小山温泉」立ち消えゆく銭湯の昨今、

残っていく銭湯はこういった熱い気持ちをもった銭湯クレージストたちにいかに支持されるかが重要になってくるのでしょう。またいかにクレイジストを創出するかは銭湯の命題でもあるのです。小手先だけではなかなか結果の出ない銭湯稼業。いかにクレイジストが集うかが勝負の分かれ目になることでしょう。

武蔵小山温泉 若旦那談。

湯魔女!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


湯魔女、美魔女、温魔女、武蔵小山魔女。魔女にもたくさんあるけれど・・。武蔵小山温泉に毎昼、毎夜出没する美しくも魅力あふるる魔女たちにはきっとどこの銭湯にかなわないでしょう。なぜならそれは美しさの代名詞「湯上り美人」なのですから。美しさの定義に二度見美人があります。すれ違う時に一度見るそしてつい振り返って二度見するそれが本当の美しさの定義となっています。

その美しくも怪しくも美オーラを発する美魔女が日々の美を研鑽し美を競い合う銭湯「武蔵小山温泉」は現代における美魔女の巣窟なのであります。美魔女そして「湯魔女」街の発展はまさにこの湯魔女とともにあることでしょう。

武蔵小山温泉 若旦那談。

遣湯使!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


西暦600年から900年ごろまで続いた遣唐使。当時先進国だった唐の文化また仏教を伝播するために20年に一度の割合で交易外交をしていました。そう考えると三国志時代は広義では黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から西晋による中国再統一(280年)までを指しているから中国の歴史は壮大といわざるを得ないでしょう。

さてその遣唐使いいものはいいと当時の日本は求道心のかたまりだったのかもしれません。いいものはいい!そうまさにいいものはいいのです。時代の波に飲み込まれていく毀誉褒貶。諸行無常の日々。明日やろうは馬鹿やろうなのです。武蔵小山の地に湧き立つ奇跡の天然温泉。悠久の天然温泉だからこそ時空を超えてでも今この時に湯船につかり人々に伝播していく遣唐使ならぬ遣湯使になって奇跡の温泉を流布して以降ではありませんか。

武蔵小山温泉 遣湯使リーダー(笑)

銭湯バカ!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


かの有名な「釣りキチ三平」(昭和なおじさんには有名)も一つのことにただキチガイのようにまたバカのようにひたむきに向き合ったおかげで秀でた釣り師になったのです。また有名な空手バカ一代も常人では成し遂げられない日頃のただバカではないかと思うほどの鍛錬が世界一の空手家になることができたのです。ちなみに稽古のし過ぎで血のしょん便がでるのは漫画の世界だけのことではなく本当に血のしょん便がでるのは太ももの毛細血管が切れて染み出るように血のしょん便が出るといわれています。

漫画中の講道館柔道の期待の新星佐藤氏は僕の師匠ですが、血のしょん便がでるまで稽古をすることが一つの目安にしていたといわれています。さてそんな中銭湯を愛する銭湯バカは今日も増殖中!きっと銭湯バカは銭湯でカラダも心も磨いて世のため人のためにお役に立っているのでしょう。

武蔵小山温泉 若旦那談

ひとにはひとの武蔵小山温泉!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ひとりひとり笑顔が輝くように、ひとりひとり命が輝くように、必ずひとにはひとのマイフェイバリット銭湯があるものです。そんなひとにはひとのオンリーワン銭湯になることが僕の夢なんです。そして女は度胸男は愛嬌銭湯は人気という格言から銭湯を愛されキャラにするために何ができるか。

人気のなかった銭湯をいかに人気者にするか。それが僕が主たる役割ではないかと考えています。じつは僕にもマイフェイバリット温泉があるようにひとにはひとの大切にしたいマイフェイバリット温泉があるのです。「ひとにはひとの武蔵小山温泉」これからも愛され続ける銭湯を築いてまいります。

武蔵小山温泉 若旦那談。

温泉ど真ん中!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


一休さんの「橋を渡るべからず」で橋の真ん中を堂々と通ったように、薩摩藩が関ヶ原の戦いの時、徳川の軍勢のなかを堂々と中央突破したようにモーゼが海を割り堂々と通ったように堂々とまた威風堂々と自分の道を進むのは良いことなのでしょう。そんな直球ど真ん中生活をおくるにはやはり「温泉生活」がかかせません。

心を整え、カラダを整え、そして自身の夢を目的を可能性を湧き立たせる温泉を生活に取り入れた毎日活力溢るる温泉を生活のど真ん中に置き、そしてど真ん中の我が道をいく天然温泉はどこまでも僕たちの味方です。辛い時も悲しい時も夜空の星々と語り合う時も常にそばにいてくれる「天然温泉」どこまでも勇気と希望の源泉として湧き立つています。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談

ぶくぶく専科!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ぶくぶくゆらゆらきらきらうきうき♪銭湯の水面にゆれる波紋はどこか心をなごませる力がそなわっているような気がします。そもそも入浴中は水圧が適度にカラダに刺激となってかかり血管の収縮拡張をうながし血流を促進します。心拍数は適度にあがり発汗作用が促され循環機能向上に役立っています。また浮揚作用もあり地上での圧力から解放されどこか気持ちのいい浮揚感から心身のストレスから解き放たれる幸福感も入浴の効能といえるでしょう。

そんな湯船にかかせないのはぶくぶく下から泡が湧きあがってくる泡風呂ではないでしょうか。強すぎず弱すぎずどこか心拍数を落ち着かせてくれるような効果がある泡風呂。心地いい低周波の泡がはじける刺激。これもまた銭湯ならではの定番健康設備でしょう。どこか脇役的なぶくぶく泡風呂ちゃん。今日も心地いい湯船を作り続けています。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

湯徳のいたすところ(武蔵小山温泉雑談ブログ)


人生通常は「不徳のいたす」ところの出来事が多いものです。つまり自分の煩悩が原因で失敗することがそもそも人生なのです。そんな煩悩まみれの人生また失敗を転換するにはどうすればいいいのかそれは「不」を「湯」に変換するということ。そうなのです。湯につかるということはそれだけで幸せオーラが湧いてきて、精神状態もハッピーになり、平和思想になっていくものです。心身が整い、前向きな姿勢になるのも温浴効果の効能。

ひとつ人生に行き詰まったら、なんとなく悲しくなったら、自分だけが境地に立たせれていると煮詰まったら、琥珀色の湯と黄金色の湯に心のなかのドグマを溶かすような思いで浸かってみてください。きっとなにか闇が晴れていくような毒が解けていくような心持ちになることでしょう。それが効能書きに書いていない裏効能なのです。不徳が湯徳にかわることができる不思議温泉。今日も湯けむりが天に舞っています。

武蔵小山温泉 若旦那談。

令和お勉強してみた。(武蔵小山温泉新元号ブログ)


目からはいった人と耳からはいった人ではファーストインプレッションに大きな隔たりがあるような気がする新元号「令和」僕は官房長官がドヤした顔で一瞬見えちゃった感のなか象形文字である「令」を見た瞬間正直ダメだなと思っちゃいました。文字が冷たい印象それは仕方ないのです。漢字は基本イメージできる象形文字なのですから。そこで令という字を僕なりに勉強してみました。「令」はふたつ以上を組み合わせた漢字です。それを会意文字といいます。上の部分が「集めるを意味、または頭上の冠の象形」そして下の部分は「ひざまずく象形」この二つの象形文字を組み合わせたのが「令」。

ちなみに法などを「命じる」「知らせる」「教訓」「よい」「立派な」「優れた」などの意味があります。耳からはいっていたらきっとクラプトンの「レイラ」しか思い起こすことはなかったでしょう。ああ、あわよくば耳から出会いたかった。きっと選考委員の方々はクラプトンのファンなのでしょう。レイラ、レイワやはりどこか響きが似ています。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

ユラオケ!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ゆらゆら揺れる湯船で心の開放を湯船のなかで浸っていると天から降りてくるのか降ってくるのか、または湧いてくるのか、生粋の作曲家ではないかと勘違いしてしまうことが度々あります。きっと湯船のなかにはなにか自然と共鳴する不思議なパワーが満たされているのでしょう。

そんな時はときには自然と歌ってしまうのです。最高の贅沢湯けむりに交じって天に昇るがごとく歌声も腰屋根に舞っていく。そんな浴槽の中で歌う至極の時空は街の銭湯ならではの光景なのでしょう。僕のユラオケはメリージェーン。う~ん渋い!

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

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