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銭湯バカ!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


かの有名な「釣りキチ三平」(昭和なおじさんには有名)も一つのことにただキチガイのようにまたバカのようにひたむきに向き合ったおかげで秀でた釣り師になったのです。また有名な空手バカ一代も常人では成し遂げられない日頃のただバカではないかと思うほどの鍛錬が世界一の空手家になることができたのです。ちなみに稽古のし過ぎで血のしょん便がでるのは漫画の世界だけのことではなく本当に血のしょん便がでるのは太ももの毛細血管が切れて染み出るように血のしょん便が出るといわれています。

漫画中の講道館柔道の期待の新星佐藤氏は僕の師匠ですが、血のしょん便がでるまで稽古をすることが一つの目安にしていたといわれています。さてそんな中銭湯を愛する銭湯バカは今日も増殖中!きっと銭湯バカは銭湯でカラダも心も磨いて世のため人のためにお役に立っているのでしょう。

武蔵小山温泉 若旦那談

ひとにはひとの武蔵小山温泉!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ひとりひとり笑顔が輝くように、ひとりひとり命が輝くように、必ずひとにはひとのマイフェイバリット銭湯があるものです。そんなひとにはひとのオンリーワン銭湯になることが僕の夢なんです。そして女は度胸男は愛嬌銭湯は人気という格言から銭湯を愛されキャラにするために何ができるか。

人気のなかった銭湯をいかに人気者にするか。それが僕が主たる役割ではないかと考えています。じつは僕にもマイフェイバリット温泉があるようにひとにはひとの大切にしたいマイフェイバリット温泉があるのです。「ひとにはひとの武蔵小山温泉」これからも愛され続ける銭湯を築いてまいります。

武蔵小山温泉 若旦那談。

温泉ど真ん中!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


一休さんの「橋を渡るべからず」で橋の真ん中を堂々と通ったように、薩摩藩が関ヶ原の戦いの時、徳川の軍勢のなかを堂々と中央突破したようにモーゼが海を割り堂々と通ったように堂々とまた威風堂々と自分の道を進むのは良いことなのでしょう。そんな直球ど真ん中生活をおくるにはやはり「温泉生活」がかかせません。

心を整え、カラダを整え、そして自身の夢を目的を可能性を湧き立たせる温泉を生活に取り入れた毎日活力溢るる温泉を生活のど真ん中に置き、そしてど真ん中の我が道をいく天然温泉はどこまでも僕たちの味方です。辛い時も悲しい時も夜空の星々と語り合う時も常にそばにいてくれる「天然温泉」どこまでも勇気と希望の源泉として湧き立つています。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談

ぶくぶく専科!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ぶくぶくゆらゆらきらきらうきうき♪銭湯の水面にゆれる波紋はどこか心をなごませる力がそなわっているような気がします。そもそも入浴中は水圧が適度にカラダに刺激となってかかり血管の収縮拡張をうながし血流を促進します。心拍数は適度にあがり発汗作用が促され循環機能向上に役立っています。また浮揚作用もあり地上での圧力から解放されどこか気持ちのいい浮揚感から心身のストレスから解き放たれる幸福感も入浴の効能といえるでしょう。

そんな湯船にかかせないのはぶくぶく下から泡が湧きあがってくる泡風呂ではないでしょうか。強すぎず弱すぎずどこか心拍数を落ち着かせてくれるような効果がある泡風呂。心地いい低周波の泡がはじける刺激。これもまた銭湯ならではの定番健康設備でしょう。どこか脇役的なぶくぶく泡風呂ちゃん。今日も心地いい湯船を作り続けています。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

湯徳のいたすところ(武蔵小山温泉雑談ブログ)


人生通常は「不徳のいたす」ところの出来事が多いものです。つまり自分の煩悩が原因で失敗することがそもそも人生なのです。そんな煩悩まみれの人生また失敗を転換するにはどうすればいいいのかそれは「不」を「湯」に変換するということ。そうなのです。湯につかるということはそれだけで幸せオーラが湧いてきて、精神状態もハッピーになり、平和思想になっていくものです。心身が整い、前向きな姿勢になるのも温浴効果の効能。

ひとつ人生に行き詰まったら、なんとなく悲しくなったら、自分だけが境地に立たせれていると煮詰まったら、琥珀色の湯と黄金色の湯に心のなかのドグマを溶かすような思いで浸かってみてください。きっとなにか闇が晴れていくような毒が解けていくような心持ちになることでしょう。それが効能書きに書いていない裏効能なのです。不徳が湯徳にかわることができる不思議温泉。今日も湯けむりが天に舞っています。

武蔵小山温泉 若旦那談。

令和お勉強してみた。(武蔵小山温泉新元号ブログ)


目からはいった人と耳からはいった人ではファーストインプレッションに大きな隔たりがあるような気がする新元号「令和」僕は官房長官がドヤした顔で一瞬見えちゃった感のなか象形文字である「令」を見た瞬間正直ダメだなと思っちゃいました。文字が冷たい印象それは仕方ないのです。漢字は基本イメージできる象形文字なのですから。そこで令という字を僕なりに勉強してみました。「令」はふたつ以上を組み合わせた漢字です。それを会意文字といいます。上の部分が「集めるを意味、または頭上の冠の象形」そして下の部分は「ひざまずく象形」この二つの象形文字を組み合わせたのが「令」。

ちなみに法などを「命じる」「知らせる」「教訓」「よい」「立派な」「優れた」などの意味があります。耳からはいっていたらきっとクラプトンの「レイラ」しか思い起こすことはなかったでしょう。ああ、あわよくば耳から出会いたかった。きっと選考委員の方々はクラプトンのファンなのでしょう。レイラ、レイワやはりどこか響きが似ています。

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ユラオケ!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


ゆらゆら揺れる湯船で心の開放を湯船のなかで浸っていると天から降りてくるのか降ってくるのか、または湧いてくるのか、生粋の作曲家ではないかと勘違いしてしまうことが度々あります。きっと湯船のなかにはなにか自然と共鳴する不思議なパワーが満たされているのでしょう。

そんな時はときには自然と歌ってしまうのです。最高の贅沢湯けむりに交じって天に昇るがごとく歌声も腰屋根に舞っていく。そんな浴槽の中で歌う至極の時空は街の銭湯ならではの光景なのでしょう。僕のユラオケはメリージェーン。う~ん渋い!

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温魂を開放!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


最近のニュースによると中高年にお引きこもりが60万人以上とのことこれは都市の人口順位からすると27位の鹿児島市の約60万人から26位の船橋市の約63万人に匹敵する中高年(40歳から64歳)の人々がいろいろな理由から引きこもっているという統計なのです。素人考えでもまだまだ働き盛りの日本のマンパワーが家の中で埋もれているというこの真実は看過できない問題ではあります。銭湯健康高齢生活推進者の若旦那からすると、生活の基本である「朝に勝つ」ここから始め。そして働こうがぷー太郎だろうがまずは「朝に勝ち」そしていっぱいの冷たい水を飲み。太陽を浴びる。そして太陽に向かって走り出してください。ゆっくりでいいです。歩くだけでもいい。とにかく太陽に向かって。

そこから始めましょう。まずは今日一日。次の日ができなくてもまずはその日の太陽を見ながら朝に勝つ一日から始めてみよう!そして三日、一週間、一か月、三か月できたら一年はできます。もうその頃には朝ごはんが美味しくてたまらなくなります。朝ごはんが美味しいと毎晩朝ごはんが楽しみになって深夜のインスタントラーメンも食べなくなりますますます早起きになって太陽で光合成。朝の一杯の水が「青汁」になってきて幸せ脳内物質のセロトニンが分泌。完全にやる気満々に変貌するかもです。まずは寝続ける悪しき習慣。そしてまずは部屋に居続ける悪しき習慣の鉄鎖から自分で勇気をもって太陽に飛び込むように「朝に勝つ」ところから始めてみてはいかがでしょうか。勝って負けて勝って勝っていく。一年後、三年後の自分と対話しながら地道にこつこつとですよ。実際は!そこで培った基礎体力そして気持ちの変革が街の銭湯にも行く気につながるような気します。そうなったら完全に引きこもりとから脱却。もう引きこもりにカムバックすることはないでしょう。

武蔵小山温泉 若旦那談。

銭湯馬鹿!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


ひとつのことの第一人者になるにはなんとか馬鹿にならないといけないそうです。どこまでもだれよりも好きになる、熱中する、キチガイになる。そうなのです。そして馬鹿はどこか心の奥底のほうで共鳴するといわれています。お互い馬鹿同士だからわかる同志意識。馬鹿が多いほどその世界業界は栄えていくでしょう。馬鹿を増やすのが僕の使命。銭湯にもたくさんの馬鹿がいるのです。そのうちのひとりが僕、若旦那なのです。

好きなことを仕事にして好きなことを世に広めていく。そこに世の中に一人でも「銭湯馬鹿」を増やす要諦があるのです。馬鹿同士だからわかる心のシェアリング。今日も心の隙間にしっぽりと潤う優しさだけが溢れる馬鹿馬鹿しいほど慈愛溢れる天然温泉が湧きたっています。皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております!

武蔵小山温泉 若旦那談。

第湯感!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


人間には第六感が備わっているといわれています。それはほとんど超能力。虫の知らせ的なものを感じる能力といわれています。不思議なことにかなり僕にもこの能力があるのです。ある時のこと、バイクで事故って恥骨を骨折したとき入院した病院で冷たい月が夜空にはりついた丑三つ時の真夜中ふっと何か感じた僕のうっすら開いた眼前にほの白く浮かび上がる月夜に照らされた全身淡く白く揺れる女の人が見えたのです。その虫の知らせにとも第6感ともいえる本能に「すわっ!」恥骨が骨折している足で北斗の拳のケンシロウばりの連続蹴りが浮かび上がる物体をかすめました。

人とも物の怪とも思えないものから「ぎゃっ!」不思議な怨念の声。よくみると婦長さんが鬼の形相。夜回りにきた看護婦の婦長さんを蹴り倒そうとしていた月夜の晩に当時17歳の僕は僕にしかない特殊な防衛本能を感じざるを得なかったのです。そう人は誰でも本能をもっている。それが第六感であり、温泉を感動する本能はまさに哺乳類がもつ第湯感なのであります。第7の本能「第湯感」きっとこの本能は幸せを呼び、成功の源泉になるのではないでしょうか。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

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