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銭湯の人間模様(武蔵小山温泉人生ブログ)


今はなき番台・・・。現在ではフロントになっています。そんなお客様との最前線。風呂屋なりの出来うる限りの接客を心がけています。客様商売とひとことで言いますが、本当に番台(フロント)という舞台にいると沢山の人生模様を覗うことができるんです。いつもくる常連さんでも今日は機嫌が悪いなとか今日は疲れ気味だなとか、今日はなにかいいことがあったのかなとか、人と接する基本的な仕事が実はいい刺激となってるのです。「いい湯だったよ」「いい温泉だね」とか言って帰っていく姿はかすかに湯気を帯びていて清潔感と颯爽とした後ろ姿に希望の光明が射しているように見えることがあります。そして番台から聞こえてくるお客様の話し声は時おり心温まる会話もあるんです。

ぽつんと誰かを待っている老年の婦人。温かそうな半纏(はんてん)を着てどこか楽しそうにしている。時間を約束していたのでしょう。上気だった血色のいい顔のご主人が「まった?」といって隣にちょこんと座った。首をふる婦人。「おとうさん、ラムネのむ?」嬉しそうに頷きながら「のみたいね」と答えるご主人は、フロントにいた僕に声をかけてきた。「太郎くん、ラムネちょうだい」おもむろに足元にある冷蔵庫から一本のラムネを手にとった。ビー玉の栓を専用の栓抜きで力一杯押すとシュワってビンの中の気圧が抜けて発泡しながら注ぎ口から溢れてきた。「おじさんおばさん。はい、どうぞ」といって手渡した。近所の常連さん。毎日やってくる。いつも決まったように風呂上り夫婦で一本のラムネを仲よく分け合う。こんな仲の良い老夫婦になりたい。そう思った。

武蔵小山温泉 湯旦那(いまペンネームを検討中)

武蔵曰く「富士山のような銭湯になれ」(武蔵小山温泉雑談ブログ)


流行り、好景気、どこにでも人気者はいて、いつか人気は去っていくのです。でも最近の芸能人のようにまた人気の波に乗って人気をくり返す人もいます。きっとテレビに出ない時も努力を怠らなかったんだろうなと勝手に想像してしまいます。小説「宮本武蔵」の中で武蔵が弟子の伊織に言う言葉がつまでも新鮮です。「富士山のような男になれ」(趣意)人気は繰り返す。流行りは繰り返す。時代は回っている。

最近、なんとなく銭湯ブームと言われています。よく言うのですが今、株買い時だよと一般ピーポーが言いだしたら大体株は下がると見ていいでしょう。昔からブームに乗るのが下手でそもそも乗る気がないのだから性質が悪い。富士山を見て、威風堂々としていて自分が人気者だなんて気にもしない。そんな富士山に憧れて、あるかないかの流行などに右往左往することほど愚かなことはないのです。そう富士山のように堂々として自分の使命を果たしていく、その使命とは温泉を沸かし続けること。そしてお客様を笑顔にし続けること、そのことを富士山の如く、ぶれずに真っ向勝負で進んでいくだけなのです。どうせなら流行を自分が作る気概で銭湯を守り続けていく。それが一番かっくいい富士山の似合う、そして富士山のような銭湯ではないでしょうか。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

玉に玉子が玉んなくなる時がある(武蔵小山温泉家グルメブログ)


タマタマすみません!考えようには「玉」だらけの銭湯・武蔵小山温泉ではございますが、今回の玉は「温泉玉子」!の玉ちゃん!武蔵小山名物!そして若旦那お手製の本当の温泉で茹でた正真正銘の温泉玉子。それが武蔵小山温泉名物「温泉玉子」なのでした。じつはちょっと茹で方にこだわりがありまして昔からビール好きな若旦那。昔の清水湯の時は番台仕事がなくて力仕事の釜焚き、薪わり、チェンソー仕事、掃除、などなど裏方仕事だけだったので昼間からビールを飲んでいた時期がありました(けっしてアル中ではありません)でも今考えると昼間から酒臭いのも問題でした。今は夜の風呂掃除が終わるまで一滴も飲むことはありません・・。

さて、そんな玉ちゃんの温泉玉子ちゃん。時タマ、売れ残っちゃうことがあるんです。でもそんな時は、もともと、玉子大好きな若旦那は玉子&マヨネーズでペロリなんです。マジ美味しいですよ。固ゆで作るより、半熟で作るマヨ玉はパンにはさんでも、ご飯と一緒にたべても最高の一品になるのです。そうなのです。タマんない玉子&マヨネーズは最強の組み合わせじゃないでしょうか。何と言っても「天然温泉」成分も沁みこんでいるのですから。

武蔵小山温泉 清水湯 若旦那談。

下剋上受験@武蔵小山温泉(武蔵小山温泉教育パパブログ)


乱世の時代。家臣が主家を倒す、または名もなき民が上にのし上がっていくことを下剋上といいます。いいネーミングをつけたなぁと去年の暮にこんなことが僕の知らないところで沸騰していたのかとビックリしました。なんといって僕の子供も下剋上受験だったからなのです。まさに6年生の追い込みの季節。このテレビドラマの予告が始まり、計画的に勉強しているからテレビ予約して毎週日曜日の朝ごはんを食べながら家族全員で見ました。でも僕はテレビが放映される前にさっそくアマゾンで小説と馬淵教室との協著テキストを購入。読み終えてなんと僕と共通項の多い事かビックリ。ちょう長女と同学年の可能性も。リアルタイムで進行している中学受験、長男はなかなかスイッチが入らず、このドラマを見て気持ちに変化が、なんでもう一年早く放映されないのかとちょっと残念がっていたのです。

中学受験・・・。子供に与える経験則としては大変に素晴らしいと思っています。花も咲く時期が異なるようにひょっとしたら今じゃなかったのかもしれないけどドラマにあるように「戦う敵との距離がわかった」ということばが本当に腑に落ちました。きっと大学は行きたいところに行けるんじゃないかなと思います。それはいい習慣がついたこと。そして志す方向性を見つけたこと。受験期間厳しい凌ぎ合いの中、勝ちえた合格の喜びは何物にも代えられない達成感!そんな経験を早い時期に出来たことは子供にとって最高の財産であり経験だったと思うのです。勉強、そして受験。小学生だからできること感じることまだ未完成だからこれでもかという大量の勉強をすることが「今」できたことが親と子、ともどもにいい経験になりました。息子は運動神経もいいので勉強だけが下剋上ではないとも思えるのですが、与えられた登るべき山に登る。そこが大事なのだと思うのです。挑戦することそれが大切なのです。中学受験は親力も試されると言われています。その通りだと思いました。親の成長。そこに感化され子供の伸びる。中卒の僕も沢山勉強させていただきました。僕も何かに挑戦したくなってきました。でもまだあと一年。次女の受験。あと9か月。まだ下剋上は続きます。

 

武蔵小山温泉 湯旦那(最近子供と勉強ばかりしていてお店にでれないのが悩みです笑)

サーフボード(中古美品)情報(武蔵小山温泉サーフボード情報ブログ)


僕、大のサーフィン好き。ちかくに寄るとすこし海の匂いがします(笑)でもそんなにうまくないです。ただ楽しければいい。海に浮かんでいれば幸せ。前のりされても気にしない。基本一人で海にいくのが好きです。それは僕と海。二人きりで対話したいから。さてそんな僕こと若旦那。毎年サーフボードをオーダーで削ってもらいます。するとどうしてもサーフボードだらけになってきちゃうのです。どれもお気に入りのサーフボード。大切に保管しているのですが、今年は同時に4枚削ってもらいました。すこし悲しいのですが大切に乗っていただけるかたにお譲りしたいと思います。僕の身長が181センチ。体重83キロ。サーフィン歴20年。多分中級者レベル。基本クセのないサーフボード達です。ご興味のある方はinfo@shimizuyu.comにメールください。

 

 

 

個人売買ですのでノークレーム、ノーリターンでお願いします。ご希望の方はフィンもありますのでお気軽に申し付け下さい。

武蔵小山温泉 若旦那談。

*武蔵小山温泉サーフィン倶楽部を立ち上げようかと検討中。

基本波のある時の平日サーフィン。ゆるいつながり。大人数でいっきにポイントに押しよせてリズムを崩すようなサーフィングループではなく節度とマナー、そして基本ルールを守りながら最大限楽しみながら心から海とサーフィンと自分の家族を愛するサーフィングループができたらいいなぁと思っています。ライングループでゆるいつながりの情報交換しましょう!サーフィンしなくても海好き、若旦那好きならだれでもOK!

サイズ62~63.上から3番目は57.幅、厚みは希望の方は写真データを送りますので宜しくお願いいたします。

返信が遅くなることもありますがご了承の程お願いいたします。(当日いただいたご質問には当日お返しいたします)

価格はぶっちゃけ3万前後。カスタムオーダーで当時14,5万で作った美品のサーフボード。シーズン前の超お買い得ボードです。

ガレージに入りきらなくなったので泣く泣く処分!でもまだあと10本はありますけど・・・。

銭湯そして出会い。(武蔵小山温泉「縁」ブログ)


「縁」って不思議です。そもそも何故銭湯の星の下に生まれてきたのでしょう。何故、稔と栄子の二人の下に生まれてきたのでしょう。何故、そこに兄弟がいて、武蔵小山という地に育ったのでしょう。そして何故、妻という人間に出会い、3人の子供達と出会うことができたのでしょう。そしてその家族を愛おしく感じるのは何故でしょう。独りで生きているようで沢山の人との出会いの中で育まれ、影響を受けながら自分らしく成長していき、それがただ単に偶然という言葉では片付けられない出会いが散りばめられていることを思うと、偶然も必然だったのではないかと悠久の天体の営みの一部分であるような確信を微かに感じることもある今日この頃です。

人との出会い、言い換えると「縁」はきっと数多の「袖振り合うも多生の縁」の中からさらに前世からの縁の続きを現世でも演じているのかとさえ思うこともあるんです。それは人との「縁」また土地との「縁」、または時代との「縁」、そして生まれてきた星との「縁」きっと偶然のようで何かしらすべてに意味があるのかもしれませんね。武蔵小山に温泉が沸き、その温泉を掘ったのもきっと「縁」でしょうし、そこに集い癒される人々との出会いもきっと「縁」なのかもしれません。そしてそれはきっと必然だったのでしょう。そしてきっともっと沢山の方方を笑顔に変えていく宿命も宿っているのかもしれませんね。

武蔵小山温泉 清水湯 若旦那談。

2代目のオヤジが死んで6年が経とうとしています。そろそろ「若旦那」から「大旦那」に名変しなくてはいけないかもです(笑)

湯談会(武蔵小山温泉座談ブログ)


人は独りでは生きていけないでしょう。現実には生きていけるし独りがいいと言う人もいるでしょう。沢山の友人がいることが幸せの基準と考えている人もいるでしょう。独りで楽しければ幸せを思っている人もいるでしょう。なにが正解かはその人の心がそう感じればそれでいいのです。僕の理想は上も下もない対等な中に信頼と友情を築いていける「奴」とよべるような奴が友人じゃないかなと思っています。そう本当に友人といえるような人は1人、いるかいないかそんなものなのです。

ひょっとしたらいないかもしれない、だけど最近気がついてきました。どんなに歳をとってもひとつの事に一生懸命ならその姿を通して友人になりたいと思ってもらえることを、また逆に頑張っていて輝いている人を見ると友達になりたいなぁと思えることを、何歳からでも友達はできるのだと、輝ける生き方、自分が輝けるから、人の輝きを感じることができる。そして銭湯の湯舟の中も友達ができる場ではないでしょうか。湯の中で座談会これも人と人をつなげる温かげな素敵な空間じゃないでしょうか。武蔵小山で毎日のように繰り広げられる「湯談会」いい銭湯の一つの形でしょう。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

心の美人湯!(武蔵小山温泉美人ブログ)


世の中公平だと言いながらなんと不平等なのでしょう。生まれながらにして不平等。これが実相です。そして見た目も全然違います。美人、不美人、生まれながらに天に愛されて生まれてきたのかとおもえるほどの美貌の持ち主。天はあえて差別して人々を創造したのでしょうか。「天賦の才」生まれながらの与えられた才能、美貌、容姿。しかしそれだけが幸せの要因でしょうか。否そんなことはないでしょう。キレイだけど心が汚い。お金持ちの家に生まれたけど心が貧しい。ボンボンだけど良い奴・・・。貧乏になってもいい奴なのか・・・。「心こそ大切なれ」という言葉があります。どんな境遇にいようが、どんな環境に置かれようが、健康であろうが不健康であろうが、金持ちであろうが、貧乏であろうが、美人であろうが不美人であろうが、五体満足であろうが、五体不満足であろうが、心だけは自分だけのもの。

その心だけは平等であり、世界でただ一つの自由かつ自在に強く、広く、賢く、美しく変えることができる自分だけのものではないでしょうか。それは天に与えられたものというよりは、輪廻転生をくり返す中で自分だけが作り上げてきた命の実像。心がキレイならいいのです。心が楽しければいいのです。心が幸せならそれでいいのです。何故なら心こそ大切であり、心こそが永遠だからなのです。bひょっとしたら心が美しくなると美しいオーラが全身を包んでいき、不思議と内面からにじみ出る心美人(こころびじん)になるのかもしれませんね。天然温泉がそんな心の美しさを創りだす一助になれば最高ですね。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

 

 

武蔵小山モン(武蔵小山温泉喧嘩上等ブログ)


東京・武蔵小山。都心に近いにもかかわらずどこか田舎町風情がいつまでもぬけきらない街。でもそこに住む人々はどこか優しげで人情味がある街。夏は祭りで熱く、冬は温泉が人々の心とカラダを温めている。品川区の東の端っこにある武蔵小山は町人のまちでもある。決して裕福な街ではなかった。昔からガラが悪くても有名だつた武蔵小山。強さと優しさ、そして何処にも染まらない武蔵小山モン気質。それは戦前から続く伝統だった。とくに後地周辺は町内会の結束も強く政治的にも中立是々非々、軸がぶれずに靡かない。

昨今、お金さえ持っていれば偉いとか、お金さえ持っていれば有名人の一員だとかで勘違いしている輩もいるにはいる。実際、大して社会に貢献してもいない小者。もしそういう輩が「銭湯」を偉そうに語るのなら。それなりに覚悟をもって語らないといけない。命がけで銭湯の暖簾を守り引き継いでいる者にたいして失礼。喧嘩を売っていることになる。どこの何モンだかわからないが知ったような顔をして銭湯の事を語らないように。もし売っているのならいつでも買うぜ。

ある対談集を読んだ感想として。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

心こそ大切!銭湯オヤジのつぶやき(武蔵小山温泉ポエムブログ)


「銭湯すたれば・・・」。有名な詩です。人と銭湯の繋がりを今昔を交えながらそして銭湯の温かさと人の温かさを表現した田村隆一氏の詩です。その後に続くのは「人情もすたる」そうなんです。昔も今も銭湯は人と人のつながりを保ち、そして繋がっていける。乾いた、冷たくなった、隙間だらけの心に温もりと優しさ、太陽のような明るさを与え、人間蘇生の大劇場を小さな銭湯の湯舟の中で演じることが出来るのです。「人生は劇のよう(趣意)」有名なシェークスピアの言葉です。そう銭湯の心あたたまる人間劇場はまさに人間蘇生、人間復活のハッピーエンドの劇であり、登場人物全員が主人公であり、社会における必要とされる人材なのです。

この世界に銭湯がある限り、世界は平和の道をすすみ、人々は優しさに満ち満ちてくることでしょう。最後にニーニェの「足下を掘れ、そこに泉あり」という言葉を贈りたいと思います。幸せは決して今いる世界の外にある訳ではなく、まさに自分の立っているその場にある。苦しい時も悲しい時も逃げずに前進していく。そこに自分だけの幸せの泉を見出すことができるのでしょう。今日も幸せの泉が湧き出ています。皆さまの心を笑顔に変える源泉が皆々さまをお待ち申しあげております。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

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