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銭湯哲学!(武蔵小山温泉雑談ブログ)


哲学者のカントは「真・善・美」を極めていたと言われています。(たぶん)また知性(認識能力)、意志(実践能力)、感性(審美能力)の超越的対象であり、古代、中世の哲学的伝統であったそうです。(なんのことだかいまいちわかりませんが・・・。)そもそもなんで人間は生きているのだろうとおもうとよく「にんげんは生きる葦である」という言葉を思い出します。その最初の出会いは週間ジャンプに連載していたサイコガンをもつコブラにその一節が出ていたのを記憶しているからなんです。(もう40年前なのであいまいですが・・。)でもなんで生まれて死んでいくかを考えた時、心の羅針盤みたいなのは時として必要を感じたことのある人は少なくないと思います。

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カントが「真・善・美」であれば、僕は「美、湯、岩」それで行こうと思います。カント的な銭湯考察でいくとなるとこうなってしまうのです。(笑)そもそも哲学、また深層心理学は答えがないものと言われています。体系だけでだから何を言いたいのかわからない。バカ(僕のことですが・・・)に難しいことをいってありがたがらせるのは都合のいい学問かもしれませんが、腹に落ちない、または、スッキリしない答えのない学問ほど人を惑わせるものはないという持論があるのですが、清水湯の銭湯哲学は簡潔!「美・湯・岩」これで決まりです!お風呂にはいって岩盤浴にはいって美しくなる!そういうものなんです。哲学とは・・・。(笑)

けっこうアバンギャルドの武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。