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小説 俺の銭湯 第5章!『日雇い人足の日々』武蔵小山温泉Webパブリッシング


『日雇い人足の日々』

 

人は平等だ。とくに時間の流れはすべからく平等だ。

そして時の流れるのは早い。

光陰矢のごとしだ。

 

日は昇り沈む、無為(むい)な日々をすごしてしまった。その間も銭湯の灯は消えそうな陽炎(かげろう)を時間の流れという水面(みなも)に明滅しながら映しだしていた。

絶えず耳に木霊(こだま)する釜の扉を開け閉めする音。

うっすら灯った蛍光灯の光が照らし出す煤けた「火袋」は神聖な場所だ。パチパチと燃え盛る炎の色がひとつの生命体のようであった。その光が黒く煤けた壁に反射する。そこは昔から「畏敬の念」を感じる場所でもあった。

 

大きな雲が俺の頭の上をすっぽり覆っているようだった。

俺の心に暗雲がたちこめていた。

「ガチャン、ギー、ゴソゴソ、ギー、ガチャン」

今も、オヤジが釜に薪をくべる音がする。銭湯は相変わらず閑古鳥が泣いている。

そんな銭湯には、火袋と同じように暗くて幽々とした部屋があった。漆喰が塗り込められた殺風景な寒々とした裸電灯しかない約三畳の部屋にはオヤジの書庫部屋で、ほとんど開かずの間だった。四面の本棚にはびっしり本が詰め込まれていた。

俺は一八歳になっていた。その頃の俺は一時、暦のない生活をしていた。そして自問自答していた。なぜなら、俺はそれまでの三年間で二つの高校に行き、その二つとも退学したからだ。楽しい時間の記憶はなぜかなく、ただ無駄に過ぎ去った時間だけが心に重く圧(の)しかかっていた。結果としてオヤジとオフクロを裏切り、中卒のプー太郎になって俺は初めて、何もない自分に気がついた。そして、何かに取り憑かれたように書庫に引きこもり、オヤジの本を読み漁るようになっていた。

まだ銭湯の景気がよかった時代に育ったオヤジは、俺と違って大学出のボンボンだった。

そんなオヤジが読み貯めていた古典文学、史書、詩集、西洋文学、それに奥底に隠されていた春画などは、俺に「太郎、小さいことにクヨクヨすんな」と語りかけてくれるようだった。

 

世の中には「座右の書」というのがあるらしい。その頃、少し離れて俺を見守ってくれていたオヤジが、さらに一冊の本を読んでみろと差し出してきた。

それはデュマの『巌窟王』だった。

「なんだよこれは」

読み進んでいくうちに夢中になってしまった。そしてどんどん心の暗雲が払われていくような気がした。なんだか自分がとても小さな存在に感じてきた。

「なんでこの本なんだろう」

じつはそれはオヤジの座右の書だった。

「前に進むしかない。行動あるのみだ」

マジで思った。

そして裸電灯しかない陰鬱とした部屋から俺は出た。

その日は心ゆくまで湯舟につかった。俺を育ててくれた銭湯の湯が心を洗うように。

いつでも俺を信じて立ち上がるのを待っていてくれたオヤジに感謝し、オフクロに感謝し、何があっても味方になってくれるおじいちゃん、おばあちゃんの優しい微笑みを噛みしめながら、俺は家を出た。オフクロがそっと手渡してくれた三万円を握りしめて。そして土方(どかた)の日雇いで幾日も穴ばかり掘り続けた。道路の標識立てや白線引きもした。冬場は吹きすさぶ浜風がロジスティックの倉庫の荷捌き場を足元から冷やし、夏は二〇フィート、四〇フィートのコンテナ内の蒸風呂のなか荷捌きをする港湾の肉体労働に従事した。他に古紙回収のちり紙交換、宅配業、テレホンアポインター、場末の飲食店での皿洗い……。職を転々としながら体力がもつ限りなんでもやった。

海苔弁を二つ食べるのが最高の贅沢だった。カップラーメンが買えず袋麺を丼にいれて湯を注いで皿でふたをすると普通に食べれることに気がついた。たまに近くの銭湯が本当に気持ちよく、銭湯のよさをあらためて実感した。その間に、俺は大学入学資格検定に挑戦し合格した。

二年が経とうとしていた。

ギラつく夏の港湾のロジスティック倉庫。この時も昼と夜の二足の草鞋で飯を食っていた。

不法労働者の中国人のボーが話しかけてきた。

「太郎。いつまでこんな仕事やってるのよ?」

ボーは入国一〇年目だ。城南島の倉庫では現場リーダー的な存在だ。だが不法入国扱いではないが不法労働は否めない。なぜなら労働監察局が視察にくると日本人の俺が即席の現場リーダーになるからだ。

受け答えは俺がする。フォークリフトの上役がいて目配せで当意即妙で受け答える。その時だけ普段しないヘルメットをかぶる。

中国人のほかに台湾人。あまり日本人はしない仕事だ。いわゆる人足といわれる仕事内容はかなり過酷な仕事のひとつと言えた。

「いつまでもこんな仕事してたらダメあるよ。おいらもお金たまったしそろそろ中国に帰るよ」

川崎の場末のステーキ屋のご主人がいい人で、雨露をしのぐだけならという約束で倉庫兼用の汚い部屋を無料で貸してくれた。

昼は港湾労働、夜はステーキ屋。

城南島の倉庫街は空が高い。

すぐ目の前は羽田空港が俺とは無関係の世界との架け橋として広がっていた。

ほぼ定間隔で飛行機の離発着の音が南風にのって聞こえる。

そんな騒音はふっと銭湯の郷愁を呼び起こす音だった。

それは丸ノコの角材を切る音だ。

「ああ、ボーお前もそろそろ帰るのか」

「そーあるよ、家族がまってるからな。やっとお金もたまったし、それにここの仕出し弁当まずくてやってらんないあるよ」

頬と鰓のはった黒く垢焼けたボーの顔はどこか小さい躯体のわりに大きな大陸の風を連想させる何かがあった。ボーは中国大陸の東北出身だった。

この倉庫では力の強い俺と口ばかりのボーが組んでコンテナ内で作業することが多かった。ただボーの言うとおり荷捌きをすると不思議と完璧に荷物を積み上げることができた。

港湾労働でひとつ荷物が積みこめません、ドライバーさん持って行ってもらえますか?は通じない。コンテナは海外に広がる海を駆けめぐる大型コンテナ船に載せるのだから。無駄のない完璧な荷積作業を求められる。もし入らないのなら全部出して一から入れ直しになる。

フォークマンにどやされながらも笑顔を忘れないそして常に先の仕事の段取りを考える、異国の地で逞しくいきているこの中国人はどこか憎めない愛嬌をかんじる小男だったが、むしろ俺にはないものをもっているようにも感じた。

この過酷な仕事に従事している外国人はむしろ日本人より根性があった。

相変わらず青空が広がっている。時おり申し訳なさげに小さい綿雲が頭上を流れていく。

そろそろ休憩時間も終わりそうだ。

ふっと青空に浮かぶ銭湯の煙突が脳裏に広がってきた。

「そうだな。そろそろかな」

「家出してるのか、太郎?」

「馬鹿野郎。家を出てると言え!」

「ははは。ごめんごめん」

「ま、大して変わらないけどな」

「家はなにしてる?」

「ああ、銭湯ってしってるか?」

「知ってる行かないけど。風呂は事務所のシャワーですませてる。節約にもなるし」

「銭湯はいいぞ。一度行ってみろよ」

ボーは俺の目を覗(のぞ)いた。

そしてニコッと笑った。

結して労働環境がいい訳ではない職種だ。保障もない。体を壊す港湾労働者も多い中、ただの日雇い労働者としてこの仕事を選んだのには訳があった。

とにかく厳しい世界で。そして何処よりも底辺の世界で鈍(なまくら)な自分を変えるためだった。

心と体に筋肉がついてきた時だった。

 

 

オヤジから突然電話がかかってきた。

「おじいちゃんが危篤だ、すぐに帰ってこい」

武蔵小山の駅に降り立った。

改札をでて東口の階段を上ると立ち食いそば屋の黄色い看板テントとが目に入ってくる。数件隣の鳥勇からは相変わらず香しい煙を吐きだしていた。昔、闇市だったりゅえるの路地裏横丁を抜けると一番通りにでる。 久しぶりの武蔵小山はなんだかすこし空気が変わっているように感じた。この町は地味だが確実に変わっていっている。日焼けして精悍になった俺の顔を見て、オヤジはすこしだけ頬がゆるんだように見えた。

「頑張ってるな」

「ああ」

心なしかすこし痩せたかなと思った。

早速、のぼり馴れた急勾配の階段を駆け上がって居間の奥で寝ているおじいちゃんの枕元に佇んだ。

擦りガラスの窓から乱反射した西日の光がおじいちゃんを包みこんでいた。

すこし喘いだ呼吸音が聞こえた。

オヤジと同じでたばこ好きなおじいちゃんは末期の肺ガンに罹っていた。

 

その晩、誰からも愛されていたおじいちゃんは、俺たち家族に見守られながら天に昇っていった。人はどこから来てどこへ旅立つのだろう。いつも優しかったおじいちゃんがいなくなって屋台骨のひとつが欠けて清水湯の灯火が少し暗くなってしまったように感じた。

 

よせてはかえす波のように人は生まれそして死にゆくのか……。優しいおじいちゃんはいつでも瞼を閉じれば蘇ってくる。俺たちの心の中では永遠に生き続けているのだ。

 

オヤジはぼそっと誰に言うでもなくつぶやいた。

「おじいちゃんにはいつも敵(かな)わなかった」 普段、オヤジがおじいちゃんのことを語ることはなかった。いつもボロボロのグンゼのパンツをはいていたおじいちゃんしか見てなかった俺も、おじいちゃんの偉大さに初めて気がついた。

それは、この二年間底辺の仕事を繰り返す中、長年銭湯という灯を守り伝えていくことがいかに大変かを痛切に感じていたからだった。

家を飛び出たことは無駄ではなかったようだ。

夫婦になってお互い皺だらけで何十年も経つのに、おばあちゃんはいつまでもポロポロ泣いていた。なんだか皺くちゃの夫婦愛を見たような気がした。孫にはやさしかったおじいちゃんを思うと、俺も涙がとまらなかった……。

 

俺はそのまま家に戻ることになった。清水湯の黎明期から衰退期までずっと支えてきてくれたおじいちゃんがいなくなってから、銭湯の灯の陰りがさらに深くなってきたのを境に少しオヤジに変化が現れはじめた。

 

「最近、オヤジ、寝てることが多くなったね」

バブルの真っただ中だった。俺は友人の誘いで会社勤めをした。当然、営業職だ。当時は中卒でも、会社員になれる時代だった。会社から帰って見ることが多くなったのは、オヤジがベッドの上で寝ている姿だった。

オフクロが心配していた。

「最近、部屋にこもりがちなの」

そして「感情の起伏が大きくなった気がする」

前から怒ると怖いし、昼寝ぐらいはするから気にも留めなかったが、あきらかに顔に生彩がなくなっているのがわかった。

俺がいなかった二年の間にすこしオヤジも歳をとってしまったのか。

筋骨隆々、いつも怖くて強いだけのオヤジが、己の宿命と向き合う時が本格的に来ていたのだ。

 

それは、俺たち家族の宿命でもあり、また戦いでもあった。

 

苦難に飛び込むか逃げるかは自分次第だった。

 

天候に左右されることはある。心に不安という雲が立ちこめることもある。しかし、心に左右されず心を左右する強さがあれば負けることはない。俺は何の心配もなかった。俺はオヤジの血を受け継いでいる。諸刃の剣だったが俺は自分の強さを信じた。

 

オヤジの部屋に入っていった。、

ベッドの上で横たわっていた。

「オヤジ最近調子悪いのか?」

すこしバツの悪い顔をした。

「ああ、実は若い頃から兆候はあったんだ。誰にもいってなかったが」

オヤジは若い頃の野球の鍛錬で今までやってこれたと言った。

おじいちゃんもおばあちゃんも知らなかった。オフクロには話していた。

「オヤジ。なんだか、わからないけど辛いのか?」

「がはは、お前みたいな、バカな能天気にはわからねえよ」

虚勢を張ってみせた。

息子の俺にはあくまでも強いオヤジでいたいのか、強がるのがわかった。

「あー、わかりたくもねーよ、だからバカでよかったと思うよ」

どこか隠し続けられるならそのままにしておいてほしい。そんな顔もしている。

「おやじ、風呂の掃除は俺が全部するから楽しいことだけしてろよ」

俺が言うと

「ばかやろう、じじいあつかいするんじゃねえ」

オヤジは強がった。

「太郎、お前もサラリーマンが忙しいんだろ、無理すんな」

俺は一言、

「俺はオヤジの強いところだけを、もらっているから大丈夫だよ」

そして「必ずよくなるから心配するな、オヤジ」と言って部屋を後にした。

寝ることが多くなったとはいえ、まだ強いオヤジがそこにいた。

二つの高校を辞めた俺の学歴は中卒だ。オヤジは俺に一度でも「勉強しろ」と言ったことはなかった。おそらく言われてもしなかったと思うが、その意味が最近になってよくわかる。

「バカでいい、ただ強くあれ、ただ負けない男であれ」

オヤジはきっとそう思っていたに違いない。

 

躁鬱病が己の宿命でなくしてなんであろう。

自分の努力だけでは如何ともすることができない過酷で無情な真理があることにオヤジは気が付いていたのだ。

そんな宿命を自分の子供にまで受け継がせたくない。

それが親の心だと思う。

バカでも心は強い一匹の男に俺はまんまと育てあげられていた。

 

毎日の風呂の掃除。

毎日の薪仕事。

毎日の会社勤め。

 

日々の挑戦をすることこそが、今、俺にできるたった一つのオヤジへの孝行だとばかりに、充実した毎日を送っていた。だが一方オヤジは足の皮が少しずつ厚くなっていくように、この躁鬱病という病気は頑迷の度を増(ま)していった。

そんな俺は相変わらずの能天気さで、そのうち、またオヤジは調子がよくなると信じて疑わなかった。だがその後、宿命の荒波はオヤジを苦しめることになる。

 

木の葉のように揺れている清水湯と同じように、オヤジの運命もまさに木の葉のように人生の波に翻弄されることになるのだ。

若旦那太郎著  第6章『躁鬱オヤジの決断・黒湯誕生』につづく